<Header>
<Author: 白居易>
<Title: 朱陳村>
<Format: 格式不明>
<Year: 1964>
<BookName: 漢詩大系  白樂天>
<Translator: 田中克己>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 朱陳村>
<BookPage: 132-138>
<UsedPage: 7>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
徐州古豐縣，
有村曰朱陳。
去縣百餘里，
桑麻青氛氳。
機梭聲札札，
牛驢走紜紜。
女汲澗中水，
男采山上薪。
縣遠官事少，
山深人俗淳。
有財不行商，
有丁不入軍。
家家守村業，
頭白不出門。
生爲村之民，
死爲村之塵。
田中老與幼，
相見何欣欣。
一村唯兩姓，
世世爲婚姻。
親疎居有族，
少長游有羣。
黃雞與白酒，
歡會不隔旬。
生者不遠別，
嫁娶先近鄰。
死者不遠葬，
墳墓多繞村。
既安生與死，
不苦形與神。
所以多壽考，
往往見玄孫。
我生禮義鄉，
少小孤且貧。
徒學辨是非，
祗自取辛勤。
世法貴名教，
士人重冠婚。
以此自桎梏，
信爲大謬人。
十歲解讀書，
十五能屬文。
二十舉秀才，
三十爲諫臣。
下有妻子累，
上有君親恩。
承家與事國，
望此不肖身。
憶昨旅游初，
迨今十五春。
孤舟三適楚，
羸馬四經秦。
晝行有飢色，
夜寢無安魂。
東西不暫住，
來往若浮雲。
離亂失故鄉，
骨肉多散分。
江南與江北，
各有平生親。
平生終日別，
逝者隔年聞。
朝憂臥至暮，
夕哭坐達晨。
悲火燒心曲，
愁霜侵鬢根。
一生苦如此，
長羨村中民。
<End Poem>
<Translation>
徐州の古豊県に、朱陳という村がある。県庁から百余里はなれていて、桑や麻が青くしげっている。機を織るヒの音がさっさっときこえ、牛や驢馬がさかんにゆく。女たちは谷川の水をくみ、男たちは山から薪をとって来る。県庁が遠いのでおかみの用がすくなく、山が深いので人情風俗が淳朴である。財産があっても商いをしないし、壯丁も軍隊に編入されない。家々では村の仕事をまもって、しらが頭になるまで村の門を出ない。朱陳村の民と生まれ来たり、死ねば朱陳村の塵となるのだ。田圃で年よりと子どもとが、顔をあわせるとうれしげにすることだ。というのも村中、朱と陳の二姓だけで、代々その間で結婚しあうからだ。したしい者で一族となり、遊ぶにも年令でわかれはするが、ニワトリとドブロクとをもちより、十日もおかずに懇親会をする。生きている者が遠くへ別れてゆくことなく、嫁いり嫁とりはまず近くでする。死人も遠くへ葬らず、墓はたいてい村のまわりにある。生きても死んでも安らかなので、身体や精神を苦しめない。それゆえ長命のものが多く、ときにはヤシャゴを見ることがある。さてわたしは礼義をやかましくいう地に生まれ、年わかから苦しみ貧乏だった。学問などして物事の是非を論じ、自分で苦労をまねいたのだ。世間の法ではやかましい教えを尊び、士人たるものは元服や結婚の礼を大切にする。 そのため自分で自分を束縛するなんて、ほんとに大まちがいな人間だ。わたしはもで本がよめるようになり、十五歳で文章が作れ、二十歳で秀才の試験に及第し、三十歳で諫臣となった。下には妻子のわずらいがあり、上には主君や父母の恩がある。家を受けついでゆくのと国家に仕えるのとを、おろかなわが身に望まねばならない。おもえば先年はじめて地方官になってから、今で十五年たってしまった。舟に乗って三度も楚にゆき、馬で四度も秦を通った。 昼の旅行では飢えをしのぎ、夜は安眠もしなかった。 東西に往来してどこでも安住せず、まるで空の浮雲のようだった。そのうえ戦乱にあって故郷をはなれ、肉親たちもちりちりぱらばらだ。江南と江北と、どちらにもむかしのしたしい人がいる。かつて一日かかって別れた人々が、一年おきに死んだとのたよりだ。朝夕に心配してねてくらし、一夜さじゅう哭きあかす。悲しみの火に心のくまぐままで焼け、うれいで髪の毛はまっ白になった。一生このように苦しむにつけても、いつも朱陳村の村民をうらやむのだ。
<End Translation>
<Formatted Translation>
徐州の古豊県に、朱陳という村がある。
県庁から百余里はなれていて、桑や麻が青くしげっている。
機を織るヒの音がさっさっときこえ、牛や驢馬がさかんにゆく。
女たちは谷川の水をくみ、男たちは山から薪をとって来る。
県庁が遠いのでおかみの用がすくなく、山が深いので人情風俗が淳朴である。
財産があっても商いをしないし、壯丁も軍隊に編入されない。
家々では村の仕事をまもって、しらが頭になるまで村の門を出ない。
朱陳村の民と生まれ来たり、死ねば朱陳村の塵となるのだ。
田圃で年よりと子どもとが、顔をあわせるとうれしげにすることだ。
というのも村中、朱と陳の二姓だけで、代々その間で結婚しあうからだ。
したしい者で一族となり、遊ぶにも年令でわかれはするが、
ニワトリとドブロクとをもちより、十日もおかずに懇親会をする。
生きている者が遠くへ別れてゆくことなく、嫁いり嫁とりはまず近くでする。
死人も遠くへ葬らず、墓はたいてい村のまわりにある。
生きても死んでも安らかなので、身体や精神を苦しめない。
それゆえ長命のものが多く、ときにはヤシャゴを見ることがある。
さてわたしは礼義をやかましくいう地に生まれ、年わかから苦しみ貧乏だった。
学問などして物事の是非を論じ、自分で苦労をまねいたのだ。
世間の法ではやかましい教えを尊び、士人たるものは元服や結婚の礼を大切にする。
そのため自分で自分を束縛するなんて、ほんとに大まちがいな人間だ。
わたしはもで本がよめるようになり、十五歳で文章が作れ、
二十歳で秀才の試験に及第し、三十歳で諫臣となった。
下には妻子のわずらいがあり、上には主君や父母の恩がある。
家を受けついでゆくのと国家に仕えるのとを、おろかなわが身に望まねばならない。
おもえば先年はじめて地方官になってから、今で十五年たってしまった。
舟に乗って三度も楚にゆき、馬で四度も秦を通った。
昼の旅行では飢えをしのぎ、夜は安眠もしなかった。
東西に往来してどこでも安住せず、まるで空の浮雲のようだった。
そのうえ戦乱にあって故郷をはなれ、肉親たちもちりちりぱらばらだ。
江南と江北と、どちらにもむかしのしたしい人がいる。
かつて一日かかって別れた人々が、一年おきに死んだとのたよりだ。
朝夕に心配してねてくらし、一夜さじゅう哭きあかす。
悲しみの火に心のくまぐままで焼け、うれいで髪の毛はまっ白になった。
一生このように苦しむにつけても、いつも朱陳村の村民をうらやむのだ。
<End Formatted Translation>